Auto GalaxyGood quality of used Japanese buses,
LPG vehicles and driving school vehicles

頑張れスリランカ!!~頑張れMr,ナンダナ!!

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                  ~スリランカより邦友来る~
昨日、5月21日(木)朝10時過ぎAG事務所にスリランカのMRナンダナからいきなり”今ニューオータニに居るが今日合えませんか?”と電話が入ってきました。
何故今日本に居るの?と聞いたところスリランカの建設大臣MR,HON,S,M,CHANDRASCNAの秘書として同行しているとの事。
彼とは18年前、僕がスリランカ渡航の為にVISAを取りにスリランカ大使館へ行った時始めて合った当時23歳の青年だったのです。
それ以来、彼とは時々日本国内でも交流がありました。
その後、彼は中古車ビジネスをしたりアパレルビジネスをしたりしていた様です。
彼の父親もやはり以前どこかの国の大使を勤められており、本人も頭の良いとても真面目な青年です。
早速時間を調整しPM6:00に新宿で待ち合わせをし、“チャンコダイニング 若”(元横綱若の花の店)に行きました。
そこでオーダーする事になり好みを聞いたところ牛肉と豚肉は駄目との事・・・
ウーンでは鶏鳥と魚?・・・ハイそれなら・・・出し汁も駄目?
店員と相談して蟹と魚でチャンコを作ってもらい、久し振りに仕事抜きでくつろいだ時間を過ごす事が出来ました。
追)先日新聞に掲載されていたスリランカ国内の内戦、反政府組織”タミル・イーラム解放の
トラ”を現政府軍が完全制圧をしたとの事。・・・これで僕らも普通の安全な生活が出来るようになります。
ゲリラの為に常に身の危険を感じて生活する?日本では考えられない言葉でした。
国際世論は色々有るようですが、これから復興に向けて頑張らなければと目を輝かせていたのが印象的でした。
頑張れスリランカ!
頑張れMR,ナンダナ・エンブルデニヤ!
                                                水江
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ミャンマー雑記・・・Part1

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ミャンマー雑記  その1
    
私は2003年以来ミャンマーに出掛けて、いろいろな人に出会い、いろいろなモノを見ることができた。これはその個人的なメモである。
ミャンマーは仏教の国といわれているが、実は多民族国家で(細かくいえば130いくつもの民族がいるといわれている)、民族が違えば顔かたちは勿論のこと、生活習慣も宗教も違ってくる。
一見してすぐに分かるのはインド系やアラブ系ミャンマー人。
それにアジア系。民族が多いということは宗教も多様に亘る。だから仏教徒のほかにキリスト教徒もイスラム教徒もヒンヅー教徒もいる。
現実には、支配民族(軍事政権)であるビルマ族が多数を占め、その宗教が仏教であるということである。
写真は最近、出来たばかりのお寺。ごらんのように金ピカの豪華なもの。
お寺建設費用の大部分は信者の寄付によっている。
お寺の敷地に入るときは、履物を脱いで素足にならなければならない。これは信者であろうがなかろうが決まりごと。
お寺では熱心な信者が手を合わせて無心に祈っている。瞑想している人も。
寄付はお金持ちもするが大半は貧しい人々である。貧しい生活の中からお寺に寄付をする。
お寺への寄付だけでなく、日常的にお坊さんに食事をお布施し、季節ごとに僧衣も贈る。
そうやって死後の安寧を祈願する。もしくは、現世の苦しみや辛さを仏さんに判って欲しいというものがあるのかもしれない。
しかし、キンキラキンのお寺、そこに住むお坊さんたちとそれらを支える廻りの庶民たちの貧しさのコントラストは宗教の不思議さを思わせる。
       伊藤様 ミャンマーの素晴らしいお話有難う御座いました。
今年の初めある人の紹介で名古屋の伊藤さんと知り合う機会が有りました。
お話によると伊藤さんは東南アジア、特にミャンマーとの取引が永く、30年以上チーク材を中心に黒檀、紫檀等の家具とか工芸品、最近はベトナムから素焼きの陶器、釉薬(ユウヤク)を塗った陶器など一時期日本のガーデニングブームも手伝って相当輸入していたそうです
ついこの間も2ヶ月近くミャンマーを訪問し、ラショウと言う町で中国の高級な漢方薬として利用され日本の何倍もの値段で取引されている特別なウコンの栽培をして来たとのことでした。
現在軍事政権下のミャンマー、中古車ビジネスには何かと支障が多く、リスクの多い国ですが色々な情報を頂きながらやり取りをしております。
そこでオートギャラクシーのブログにミャンマーをアピールしたいのですが、何か写真とコメントはないでしょうか?とお願いしたところ、伊藤さんの知人の書いた上記内容の”ミャンマー雑記”を頂きまた。
現在の市民生活が良く表現されており面白かった為、許可を貰い掲載させて頂きました。
                                                     水江
ミャンマービジネスに興味をお持ちの方はコチラへ
  (株)オニキス     伊藤様
   Tel 0587-94-2251
但し、伊藤様は大変忙しい方の為、無用なお問い合わせはお控えをお願いします。
                                              

JICAレポート~水泳でメダルを目指した園田君より~

水泳でメダルを目指した園田君から
            「先日、JICAの取材を受けJICAの広報誌に掲載されました。」
サポーター宣言 私たちは「現職参加」を応援します
パナソニック株式会社
園田 俊介さん(H17年度 1次隊/ザンビア/水泳)
園田
「パナソニック」は、「松下電器産業」からの社名変更を機に、さらなるグローバル企業への道を歩み始めている。個人としてのグローバル化の第1歩を、現職参加で踏み出した園田俊介さんにお話を伺った。
初志貫徹。それは協力隊員としても一社会人としても重要なこと。
「世界を舞台に活躍したい」。10代で多数の国際水泳大会に出場し、オリンピック出場も視野に入れていた園田さんにとって、こうした考えは自然のことだった。大学進学後、図らずも腰を痛め、水泳選手としてのオリンピック参加は断念。しかし、活躍の場を世界に求める志が揺らぐことはなかった。
「就職先にパナソニック(当時:松下電器(株))を選んだ際、提出した書類の『入社動機』の欄にも『グローバルな舞台で仕事がしたいため』と書きました」と、園田さんは当時を振り返る。しかし、入社後は、国内の営業およびマーケティングの担当に。瞬く間に7年の月日が流れ、30歳を目前に、協力隊への参加を「海外に出るチャンスの選択肢」として考えるようになった。
参加動機は明確だった。「将来的にグローバルな市場で活躍をするためのステップになる」、「発展途上国での生活は、あらゆる意味で視野を広げてくれる」、「幼少から大学卒業までに築いてきた競泳のノウハウを、発展途上国の子どもに役立てたい」。同時に、ボランティア参加に対して、会社が理解を示してくれる自信もあった。同社には、創業者である松下幸之助氏の「企業は社会の公器」・「ものをつくる前に人をつくる」との理念があるためだ。園田さんの申し出に、当時の上司も同僚も、最初こそ驚いた様子だったが、最終的には納得の上で現職参加を認め、皆気持ちよく送り出してくれたという。
入社8年目の2005年7月、園田さんはザンビア北部に位置するムフリラに、水泳指導員として着任し、5歳から18歳までの子ども達を対象に指導を開始した。当初は、選手達の遅刻や欠席に苦労したが、練習熱心な選手を優先的に大会へ出場させるなどして、「努力は必ず報われる」という意識を育てた。園田さんの活動は水泳指導にとどまらず、各種大会への参加資金や、練習用プールの浄化装置の資金を捻出するために、地元企業に掛け合ったりもした。そうした園田さんの熱意は、白人系ザンビア選手とアフリカ系ザンビア選手の間にあった隔たりを少しずつ埋めた。それぞれが、同じ「選手」として共に練習に励むようになった。2006年の世界水泳には5人の選手が参加。園田さんはザンビア代表コーチとして同行した。入賞には遠いが、それ以上のものを選手達は学んだと園田さんは話す。
現職参加後に配属となった「F1・オリンピック推進室」のあるフロアにて 園田2
帰国後、園田さんが配属された部署は、くしくも「コーポレートコミュニケーション本部 ブランドプロモーショングループ F1・オリンピック推進室」。その名のごとく、オリンピックに携わる部署だ。園田さんは今、まさしく「世界」を舞台に忙しい毎日を送っている。「現職参加を認め、現地での活動を評価し、復職の場所に『世界』を準備してくれた会社には感謝の一言に尽きる」と、園田さん。明確な目標・目的をもって、一つのことにたゆまぬ努力を続けていくことの意義を、協力隊員としても、一社会人としても、園田さんは教えてくれている。
上司からの一言
布谷 彰さん
園田3
コーポレートコミュニケーション本部
ブランドプロモーショングループ
F1・オリンピック推進室 室長
組織や現場が、現職参加をサポートしたいと思えるか否かは、本人がどれだけ強い意志を持っているかどうかだと思います。園田君の熱意、リーダーシップ、そして目標達成力は、協力隊参加前からのものでしょう。ただ、海外での経験は、その人間の「地」の部分を伸ばすものと私は考えます。したがって、ザンビアでの様々な経験が、園田君の長所をさらに強化したであろうことは想像に難くなく、本人の人生をより豊かなものにしていると思います。また、このように、成長した人材が復職することは、現場にとっても大きな財産です。
             JICAレポート有難う御座いました。
園田君、JICAレポートに取り上げられてましたね?
弊社とは数年前からザンビアで自動車を通じて園田君と知り合い色々なアイデア、情報など非常にチカラをもらっています。
君の情熱、行動力、アイデアは正にJICAレポートのとうりですね?
今更のように君と知り合えた事がほこりに思われます。
それに知らなかったが世界の”パナソニック”の、配属事業部は良く判らないがオリンピックを冠しているから、水泳に名をはせた君にぴったりの部署ではないかと思われます。
時々メールでバンクーバーとかロンドンとか北京からと連絡をもらって、コイツ何かをやっているな?とは思っていましたが、そうゆう部署だったんですね?
写真から上司も厳しいが面倒見が良さそうだし・・・・・
スポーツを中心に世界を相手にする君の仕事にはピッタだと思う。
健康には充分気をつけて頑張ってくれ!
ああ、それから飛び回っている中で自動車について面白い情報があれば又写真とメール頼む。
                                          
                                            水江

常夏のインドネシアから ~

     インドネシア国旗2                           1インドネシア国章
                  常夏のインドネシア     
3年前の春、日本の女子大に入学する為に始めて日本に来ました。成田空港からバスに
乗って都内に入りましたが、初めて見る日本の景色に驚きました
美しく広がる緑の野山、青々とした田園風景、そして過ぎて都内に入ると見上げるような高層ビル、そしてその間を間断なく走る車、電車の憾ましさに、日本とインドネシアの格差の違いを身近に知らされました。
私の生まれ育った故郷インドネシアについて、少し御紹介したいと思います。
インドネシアは、赤道直下東西に、5,100kmの長さに亘る群島国家です。
その面積は日本の5倍の広さですが、島の数は大小1万数千と言はれています。
その島々には、数百の異なった種族が住んでいますが、各種族間の交通機関も整って無いので各地方間の交流も少なく、多彩な地域の異文化が今でもそのままの姿で残っています。
人口は2億3千万人、300年間オランダの統治時代を経て、第二次大戦後共和国として独立しました。
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         旧市街 北部の旧バタヴィア部分
ジャカルタ歴史博物館(オランダの市役所だった)

国土は、石油、ガス、石炭など天然資源に恵まれ、又有り余る太陽の光、降雨にも恵まれていますが、元来暢気なのんびりした南方民族なので未だ開発途上国での域です。
それでも、私の住んでいる首都ジャカルタは、この10数年の間に大きく変わりました。
今まで見られ無かつたメインストリートの、スヂルマン通りの両側には高層建物が立ち並び、日系のそごう、西武デパート、商社等の会社等が軒を並べても進出しています。
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タムリン通りに立ち並ぶ近代的な高層ビル群 ・ジャカルタにある日本のデパート
(左)モナス(独立記念塔)・・・塔の上には35キロの純金の炎があります。
(右)カテドラル教会 

この国は、車社会で市内には電車、地下鉄などが有りませんので、朝夕の車の渋滞にはとても苦労しています。
面白い事には50年も前に、日本から初めて輸入された三輪車のミゼットが北部の中国人街で、今も元気に走っています。又最近までは、自転車の前に客を乗せて走るベチャが、
街に溢れていましが、今はジャカルタ市内運転禁止となり地方の都市に分散しています。
最近ではベチャに代わり、インド製のオートバイの後ろに客席のついたバジャイと言うタクシーが走り廻っています。                
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ジャカルタの電車と交通渋滞模様
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(左)メモ(日本製)   (右)バジャイ(インド製)
車検の無いここでは、古いオートバイ、自動車ばかりが走っていましたが、鱒では少しずつ新しい車が出廻っており、日本の高級車、又はベンツ等も良く見かけるようになりました。
開発途上国のこの国も、貧富の格差が大きいですが、国民の10~20%の人々が日本以上の裕福な生活をしていると言はれ、この人達がステータスとして高級車を乗り廻しているのでしょう。
ジャカルタ近郊にクンチャックと言う有名な、高原の別荘地帯が有りますが、そこは年中花が咲き乱れ気候も温暖で日本の春、秋を偲ばせます。
そしてここには多くの人々が週末又は暑い日々にここに来て休暇を楽しんでいます。
又、インドネシアは未知の文化、秘境の宝庫とも言はれています。
日本に良く知られているバリーの伝統舞踊、又世界的に有名なジョクジャのボロブドルの俳教遺跡、その他コドモ島の大トカゲ、先住民ダヤツクの住んでいるカリマンタンのマハカム流域、トラジャコーヒで名高いスラウェシの葬式文化等です。
しかし最大の興味は、パプアニュギニヤ(イリヤンジャヤ)のワメラ地域の秘境です。
周辺は5,000m級の積雪の山々に囲まれた盆地に、ひっそりと文明を拒否し続け石期時代の生活を守り続けて住んでいる人達です。ここに行くのには、道路が無いので河沿いかヘリコプター又は飛行機によって行きます。
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(左)結婚式の衣装 (中)伝統的な民族衣装 (右)ジャカルタの若者(最近原宿スタイルが流行)
インドネシアは、日本の開発銀行の0,D.Aを通じて援助を受け多くのプロジェクトの開発を進めています。日本も必要なスマトラ、カリマンタン、イリヤンジャヤ等からの石油、天然ガス、石炭の天然資源の確保、それにマラッカ海峡の航海の安全を守るために、インドネシアとの協力が必要なのです。又、ジャカルタ、スラバヤ、地方都市にも多くの民間の日系の大規模工場、工業団地が進出しています。
今、百年に1度の経済危機と言われていますが、インドネシアでも最近円の換算レートが、前は1円80ルピアでしたが、今は120ルピア迄に下落しています。
円高を利用して、インドネシアに旅行、又は事業の投資をしては如何でしょうか。
多彩な民族、未知の文化のインドネシアを簡単に御紹介致しましたが、日本、インドネシアの友好の為に御協力頂けるようにお願い敦します
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                ジャカルタの食べ物
                            日本の大学に留学中のみゆきちゃんより
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みゆきちゃんのお母様と        大木さん(お父様)と社長        我がオフィス内で    
MIYUKIちゃん、インドネシアからの来日レポート有難う!
海外からのお客様は成田から東京に移動中、道路にごみは無く人も車も信号に添って
整然と移動する。
海外からのお客さんにきれいな国とほめて頂きます。
゛インドネシア”と言う国について恥ずかしながら天然資源の豊富な2億数千万人の人口で
2万近い島々の国、”トラジャコーヒー”の美味しい国、くらいしか知識が有りませんでした。
つい最近年間400台前後、日本からの中古車輸出がされていることを知りコレはと思い
JICAで活躍された貴女のお父さんを紹介頂き今色々情報を頂いております。
内容次第で市場調査の為に近々ジャカルタ、バリへも訪問して見ようとも思っています。
イメージとして50年以上前の日本車が走っている、かと思えば高層ビル群が林立し
日々住いの環境が変わって来ているのではと想像されます。
お話によると人々はのんびりと穏やかで、年中花が咲きみだれ高原の別荘地は涼しく多くの
日本人も避寒に訪れているとか?
又定年後、夫婦で移住している日本人の話も多いと聞きます。
今少しお父さんにアドバイスを頂き調査をし訪問してみたいと思います。
初めてのインドネシア楽しみにしております。
MIYUKIちゃんも早く日本語を覚えて日本を楽しんで下さい。
                                             水江

プレアビヒア国境紛争のその後・・・

プレアビヒア現地最新情報!!
またまたプレアビヒアに行ってきました。水江さんも見られたと思いますが、参道入り口にあった市 場、食堂、etcはタイ軍の攻撃によって壊滅状態でした。ひどいものです。
タイもやりすぎたと思ったのか、破壊した市場等については賠償するそうです。
参道横10M内_160  CIMG0367_160.jpg
カンボジア&タイ軍人_160  IMG_0292_160.jpg
上記写真は破壊された参道近辺の市場と何故か仲の良さそうなカンボジアとタイの兵士達。
D.A.C.(DiscoveryAsia in Cambodia)鷲田
旅行へのお問い合わせ:dac_info@online.com.kh
鷲田さんブログコメントの件
プレアビフィア情報どうも有難う御座います。
写真を見ると凄いですね?
この写真、参道入り口にあったみやげ物屋や食堂だったところですか?
もともと余り丈夫なつくりでは無かったと思いましたが、人なつっこい女性や子供たちが”コレヤスイヨ”って薦めてくれていました。
その中でいくらだったか覚えていませんが゛アゲモチ”が非常に美味しかったのを思い出されます。
タイ人も穏やかな仏教の国、余り他人に対して攻撃的でないイメージがあったのですが?
軍司令部の命令で現場では仕方が無かったんですかね?
跡形も無くあの店がスクラップの山になってしまって・・・・
タイ軍もこの攻撃について保証するとの話を聞いて幾らかホットしていますが、その家の中にあった家具など永い思い出は取り返されませんよね?
そこでこのブログをご覧頂いている皆さん
通常日本からは交通の便も、きれいなホテルも用意されているバンコクからの入山がほとんどでしたが、今はカンボディアのシェムリアップからも入山出来ますよ。
シェムリアップは有名すぎて説明するまでも有りませんが、永い間の内戦でボロボロになったカンボディア、是非シェムリアップから訪問してください。
人々は物凄く純粋で一生懸命に汗を流しています。
その上対日感情も良く、片言の日本語で歓迎してくれます。
当然フルーツも美味しいし・・・
何より、歴史があります。
                                                   水江

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